

歯科医院の院長の話しなのに、いきなりスキーの話し?ウィングデンタルクリニック院長を務めている田中公文先生は少し変わった経歴を持つ。それは、「スキー選手」。それが趣味の域を超えているのだ。ちょっと専門的な話になってしまうが、先生が出場していたレースはSAJ(全日本スキー連盟)やFIS(国際スキー連盟)の大会だ。一般の学生大会や草大会とはレベルが違う。全日本スキー選手権などの国内大会はもちろん、アメリカのプロツアーを転戦した経歴を持つ。しかし、今は歯科医師として活躍している。その歩みには、おおいに気になるわけだ。スキー選手と歯医者、あまりにもギャップが大きい。

人生は選択の連続だ。言い換えると一つを選択するのは、残りの選択肢をあきらめることになる。選択肢を持っている人生は幸せかもしれないけど、その選択の岐路に立っている時は誰でも悩むわけだ。田中院長は、それをどのように乗り越えたのか。
多くの一流スキー選手はみな子どもの頃からスキー選手としての道を歩む。しかし、田中院長がスキーに打ち込み始めたのは高校生の頃から。スタートは遅かったが、北海道にある超名門チーム「かもい岳レーシング」に入門し、その才能は一気に開花した。「オリンピック選手とその卵たちとの生活は楽しかったです。もちろんトレーニングは厳しくつらいことのほうが多いけど、何かひとつのことを本気で極めようと打ち込んだ経験は今でもプラスになっています。」と、いう。しかし、受験の時期になり、幼い頃からの見てきた父親の背中や自分の将来を考えながら決心し、「東京歯科大学」を受験する。スキー選手としての活動を続けながら、歯科医師への道を歩き始めた。

スポーツの世界と医学の世界。どちらも突き詰めていけばいくほど、両立は難しくなる。歯科大学にもクラブ活動としてスポーツは認められていたが、学業の妨げにならない程度なので、活動はプロレベルからみればわずかしか時間がとれない。選手として真剣に取り組むことは、医を志すものとしては結果的にはいい加減な医学生としてうつってしまい、マイナス要素でしかなかったという。田中先生は卒業して国家試験に合格するまで、スキー選手としての活動を緩めることは最後までしなかった。スキー場に教科書を山ほど持ち込み、大会期間中も国家試験の勉強をしていたことは、スキー仲間の間では今でも語り草になっている。「選手としてのレベルはたいしたことなかったですね。だけど集中力だけは凄かったと思います。なにしろ1日24時間、1年365日しかない。勉強する時間もトレーニングの時間も限られていましたから。あと、簡単には諦めない性格もこの頃身についたかな。」
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患者さんの健康や命を背負うことは医師の義務だろう。その仕事に対する責任感や達成感も大きい。ところで、内科医とか外科医ではなく、なぜ「歯医者」を選んだのか、素朴に感じたその疑問を聞いてみた。田中院長によると、歯は体の他の部分と違い「自然治癒力」がないので、風邪、骨折、怪我のように時間が経っても自然に治らないと説明する。虫歯は歯医者が治療しないと絶対治らない。しかし、定期健診で早期発見すれば「完治」もできる特徴を持っている。自分のケアで患者さんが「20~30代の健康な歯を永遠に保つ」ことはすばらしいことではないか。一言で言えば、歯医者は患者さんの歯に対して「一生責任を持つ」ことだ。もちろん、他のお医者さんもそうだと思うけど、田中院長はそれを歯医者として実現したいと願っている。 |

今回、取材のために何度もウィングデンタルクリニックで見学させてもらった。すると、打ち合わせや食事の時とは全く違う顔を発見した。診療する姿に田中院長の「もう一つの顔」を見た。田中院長は「二つの顔を持つの男」だった。皆さんに田中院長の「二つの顔」を紹介したい。
以前から知っていた田中院長は「隣のお兄さんの顔」をしていた。僕の頭の中にあるお医者はとても「冷たくて硬い」イメージ。カルテを見ながら冷静に説明するという先入観があった。しかし、田中院長は一言でいえば、「隣のお兄さん」のようだった。もちろん、「歯」について語る時は「真剣さ」が伝わってきた。会話の展開が楽しくて正直、仕事より遊びに行きたいほど気楽な気持ちなのだ。
しかし、今回発見したもう一つの顔はとても「怖い顔」だった。撮影のため診察する姿を見たところ、あまりにも真剣な顔に怖さを感じてしまった。治療に集中する「情熱的」姿に、よく素敵とよく言われるそうだ。確かに、診療する田中院長の目からは「強烈なパッション」が伝わってくる。その時、感じた怖さは「怒り」ではなく、信頼して身を任せられる「安心感」だった。 |
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しかし、診察が終了すると、その「怖い顔」は瞬時に「隣のお兄さんの顔」に戻っていた。治療の内容や心のケア.,趣味の話しまで、深く患者さんと接していく姿に、多くの患者さんの間の彼への信頼が広がり、紹介でくる患者さんが多いというのも納得できた。年齢性別を問わず多くの患者さんから厚い信頼を得ている理由は、この「二つの顔の魅力」に秘密があるのではないか。

ウィングデンタルクリニックは六本木と赤坂のちょうど間に位置している。東京で最も賑やかなビジネス街にある。一日中、スーツ姿の人々で溢れるている。しかし、待合室にいる人たちは、スーツ姿の人たちに限らない。田中院長の患者さんは年齢、性別、職業、居住地にも一貫性がない。1~2時間かけて通ってこられる患者さんも多い。新幹線通院や、海外から飛行機で、という患者さんまでいる。
病院は自分の体を任せるところなのに、それを選択するのはなかなか難しい。したがって、誰かの紹介で決める場合が多い。ウィングデンタルクリニックは特に宣伝をしてなかったが、「口コミ」や「紹介」で訪れる患者さんが大半を占めている。
そして、もう1つも大きな特徴、それは患者さんとその家族が多いこと。ご夫婦、ご両親など、家族ぐるみで訪れる人が多いのだ。田中院長は「患者さんの家族の一員になった気分ですよ」と、笑う。

田中先生は院長として比較的に若いほうかもしれない。「先生は若いですね!」紹介でウィングデンタルクリニックに訪れる患者さんによく言われるそうだ。田中院長は他の歯科クリニックの院長より比較的に若いし、運動で鍛えられたので、実年齢より若く見られることがある 。
医療分野に限らずに「若さ」は両面性がある。仕事に対する意欲は高いが、熟練度は落ちる。つまり、情熱があったとしても、実力は足りないと思われるということ。しかし田中先生は若いにもかかわらず、ウィングデンタルクリニックの院長を務めているのは理由がある

インタビュー後に、頭にずっと残っている言葉がある。それは「プロフェッショナル」という言葉だ。口数は多くないが、会話中、彼の高い「プロ意識」が伝わってきた。明確なビジョン、患者さんから得ている信頼、隙間のない経歴、目を合わせてくれる優しさ、トップとしてのリーダシップを持っている「プロフェッショナル」だった。 |
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さらに、田中院長の専門分野は「歯周病」らしい。成人の80%の人が悩んでいる「歯周病」だ。厚生労働省から認められた「歯周病専門医」の資格は全国の歯医者の0.1%しかいない。若いけれど、院長をとしてのじゅうぶんな技術を持っている。

歯の健康は予防と非常に密接な関係があるらしい。もちろん、日々の「セルフ・ケア」つまり歯磨きが何より大事だ。しかし、歯磨きやうがいだけではカバーできない「プロフェッショナル・ケア」の領域が存在する。僕は長い間、それを気にしないで過ごしてきた。しかし、取材が終わったら、田中院長に相談してみることに決めた。田中院長なら、「20代の歯を永遠に」守ってくれるだろう。


大森先生は4代目の歯科医師だ。4代目というのは明治時代から引き続き歯医者の道を歩んでいることだ。飲食業では代々引き継ぐ話を良く耳にするけど、歯医者で4代目というのは少し珍しいかもしれない。代々歯医者の仕事を継いでいる場合は、仕事に対する「モチベーション」は人より強い基盤を持っていると思う。大森先生は静かなタイプなので、穏やかな印象だけ感じるかもしれない。しかし、微笑みの先には、歯医者として揺れのないモチベーションと信念が見えた。

大森先生がウィングデンタルクリニックで診療するようになったきっかけは田中院長との「長い縁」があった。田中院長と最初に出会ったのは「東京歯科大学」だった。しかも、同じ「スキー部」だったので、先輩の中で特に触れ合う機会が多かった。大学を卒業した後、現在のウィングデンタルクリニックまで二人の縁は何と12を越える。「田中院長は相変わらず厳しい先輩ですよ。むしろ、学校より臨床のほうが厳しいかもしれないです。」。しかし、「先輩と院長として厳しく指導するのはありがたいことだし、昔から面倒をみてもらってお世話になっています」と大森先生は語る。10年を超える長い縁は診療することにあったっても、「深い信頼関係」につながるはずだ。それは、診療するときも「院長とドクター間」の密接なコミュニケーションを取れるからだ。それは患者をしっかり守れることだと信じる。
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大森先生は東京歯科大学を卒業し、トップレベルの臨床で経験を重ねている実力派の若手だ。専門分野も「歯周病」だと言う。 実力のある若手で家庭も支えている大森先生だが、クリニックで会った先生は少年のような微笑を持っていた。落ち着いた雰囲気で静かに診療をする姿をみながら、大森先生の底力を感じた。 |


「日本大学松戸歯学部」を卒業した三原先生は幼いころから細かい仕事がすきだった。確かに、医療というのは非常に細かい仕事に違いない。人間の体はどんな精密機械より細かくて、有機的なものだろう。特に、歯は小さくて硬い性質を持っているので、細かい仕事が好きな人に向かっている仕事だろう。そして、三原先生も「祖父」から引き続き歯科医師だったそうだ。多くの人が自分の仕事を決めるのに悩むけど、三原先生の場合は歯科医師というのは「選択より運命」に近いものだった。

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ウィングデンタルクリニックは赤坂にある。港区には外資系の企業が多い。東京でホワイトカラーの外国人が一番多い街だと言っても過言ではない。駐日している外資人の家族まで考えれば、医療に対するニーズも高い。しかし、自由な英語で診療を行うのができるドクターは限られている。患者の立場から考えてみると、理想的な診療には十分なコミュニケーションも含まれる。自由にコミュニケーションが取れない先生に診療を任せるのはとてもリスクの高いことだろう。ウィングデンタルクリニックには英語が流暢な三原先生がいるので、英語しか使えない患者さんもバッチリカバーできる。 |

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三原先生にあった瞬間の初印象を一言でいえば、「明るさが輝いた」。インタビューをしたタイミングが午後だったので、きっと疲れているだろうから気を使わなきゃと思った。しかし、三原先生とインタビュー終えた後には、むしろ「明るい元気」をもらった気がした。三原先生は夏には「サーフィン」、冬には「スキー」を楽しむアウトドアタイプらしいい。「現役プロレベルの田中院長のようなレベルではないですよ。」と三原先生は言うけど、三原先生のスポーツ好きが明るさの源かもしれない。患者は痛みをもって病院に行く。疾患の治療がなによりだが、輝く明るさを照らしてもらうと心も元気になるだろう。 |


ウィングデンタルクリニックには技工士が常住している。技工士はインプラント治療等で使われる「歯」を作る。一般的にはドクターが患者さんの歯の色や形を紙に記載し発注する。しかし、ウィングデンタルクリニックでは、外注せず常住する技工士と相談しながら、より正確な作業を行う。もちろん、技工士が「紙」ではなく「目」で歯を見ることもできる。歯の「色」や「形」はそれぞれ微妙な差があるので、完成する前に調整できるのは恵まれた環境だ。作られた歯は体の一部になるので、こだわりのある作り方のほうが良いだろう。オーダーメードのスーツも完成する前に確かめるじゃないか。
ウィングデンタルクリニックの技工士を務めている野内敏夫さんは「30年以上の経験」を持っているベテランだ。30年という長い経験だけではなく、歯科の激戦区である港区で仕事をしていることは彼の高い技術の証拠だろう。自分の永久歯が何よりだと思うけど、もしそれを失った場合は野内さんが作ってくれる第二の歯を期待してみよう。

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取材のためウィングデンタルクリニックの奥のほうにある技工室を伺った。一人で作業するのには十分なスペースで集中できる配置になっていた。
目に慣れてない風景だったので、少し違和感もあったけど、模型と向き合っている野内さんはまるで芸術家のようだった。静かに歯を削る姿は彫刻家のような印象だ。
彼の作品は誰かの体の一部になる。笑顔をより美しく、食事をより楽しく、生活をより豊かにさせてくれる作品になるだろう。
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歯科にはドクターを支えてくれる歯科衛生士がいる。診療することにあたってメスを握るのはドクターだが、ドクターをサポートする役割は衛生士の分だ。名画には必ず優れた脇役がいる。完璧な治療を行うためには、衛生士の役割も小さくないだろう。
田中院長によると、ウィングデンタルクリニックの診療方針の一つは「時間が掛かっても質の高い治療を目指す」ことだ。つまり、限られた時間により多くの患者を診ることではない。
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従って、衛生士にもウィングデンタルクリニックの診療方針に「合わせる能力」が求められる。田中院長は、迷わずに「藤本さんと坂入さんは長年の教育や訓練で望むレベルまでたどり着きました」と語る。「レベルの高い医療の質」はドクターはもちろん、ドクターを支える衛生士も完璧ではないと実現できない。


患者がウィングデンタルクリニックのドアを開けると、美しい笑顔で挨拶する人がいる。受付の田中敦子さんだ。定期健診ではない限り、病院に行く人の気分や良いわけがない。痛みを持って病院を訪ねると、明るい挨拶が心を穏やかにしてくれる。そして、多くの患者さんの予定をマネージメントするのも受付の仕事だ。
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各先生の治療スタイルや、患者さんの都合を調整するのは大事な仕事だ。それは、完全予約制度を採っているウィングデンタルクリニックで提供する医療サービスの第一歩かもしれない。それを、田中さんは気持ちよくスタートさせてくれる。
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